〜国道1号線踏破(6) 神奈川・東京編〜
(2010年10月02日〜2010年10月04日)

ただひたすら国道1号線を歩く旅も最終回となった。前回、小田原で終了した行程は残すところ84キロ。あと3日間で東京・日本橋に辿り着く。2007年、大阪・梅田から歩き始めたこの企画も565.4キロに及ぶ国道1号線を現代の東海道となぞらえて延べ17日間で踏破することになった。ついに到着する日本橋、国道1号線の起点に待っていたものは・・・。天候が気になっていたが、運良く雨を免れることができた。


大きな地図で見る
今回の旅マップ

1.小田原から藤沢

前回の終着点、つまり出発地点の小田原までは熱海経由の寝台特急で行きたいなぁと思っていたのだけれど、予算の都合で夜行バスにした。大阪から小田原まで近鉄バス運行の金太郎号。3列シート・トイレつき。乗車前に500ml缶ビールを買って乗り込んだが、飲み足りなくて悶々とした。翌朝8時に小田原駅前に到着。

土曜日の朝というのはどこかしら街にゆっくりとした空気が流れている。出発までは少し余裕がある。そこで小田原城跡に行ってみた。駅から徒歩5分程度。公園になっていて城門や天守閣が復元されていた。これまで歩く先々で城跡を見てきたけれど、どこも今は憩いの場所になっているなぁ。神戸には城がないので、どこへ行っても少しうらやましい感じがしてくる。近々催しがあるようで屋台などが準備中だった。

さて、地裁の横を通って小田原市民会館前交差点へ。午前9時、ここから歩き旅が始まる。今日の予定距離は30キロ程なので大体6時間ぐらいで踏破できる見込みだ。この旅を通じて自分の歩く速度や、どれくらいで疲れが出てくるかが何となく分かってきた。私の場合、歩く速度は時速6キロだ。見事なまでに丁度10分で1キロ進む。だが1時間休みなしに歩くと疲れるので、50分歩くごとに10分休憩を取る。なので1時間では5キロしか進めない。この計算でいけば30キロはちょうど6時間なのだ。宿は藤沢駅に取ってあるので、その付近がゴール地点となる。

小田原から平塚へと足を進めてみると、このあたりは街になっていて道の両脇にはそれなりに店があったりマンションがあったりする。ということは道路状況としてはそれほど悪くないということでもある。地図上では相模湾に沿っているように見えるが実際は殆ど海を見ることはできない。平塚のあたりから道は内陸へと進む。

私の1号線歩き旅は4年前にスタートして今回の3日間でゴールする予定なのだが、折りしも1週間前に東京から京都三条大橋へ向けて旅を始めた者がいる。体長17センチの小さな旅人は「エボルタロボット(通称エボルタ君)」で、簡単に言えば電池仕掛けのオモチャである。ここでパナソニックの宣伝をしても仕方が無いので詳細は割愛するが、同社の充電池12本を乗せた台車をセコセコとひっぱりながら東海道を進むというチャレンジなのだそうだ。ちなみに一日の行程をこなすと充電してもらえるらしい。

そんなエボルタ君とは相模川を渡るときにすれ違うことができた。なんか人溜りができてるなぁと思って見ていたら、変な被り物を付けた連中に誘導されてエボルタ君が進んでいた。カメラマンなどもいて中継してんだか取材してんだか良く分からなかったが、ちょっとしたイベントになっているよう。まぁ物好きの方々が集まってたようだけれど。道路の反対側を歩いていたので間近に見ることは出来なかった。エボルタ君も頑張ってるので、自分も頑張ろうという気にはなった。

茅ヶ崎を越えると、国道1号線は藤沢バイパスへとつながっていく。Wikipediaによると藤沢バイパスは旧1号線を1963年にバイパス化したものだそうだ。バイパスとはいえ自動車専用というわけではないので旧道を通らず歩く。残念ながらバイパス区間の一部で歩道がなく道路の路肩を歩かなければならない。交通量は結構多くて、特に大型トラックが過ぎるときは要注意だ。なのであまり歩くことはお勧めできない。自転車も注意した方がいいと思う。例えるならば、駅の点字ブロックを歩いているときに線路上を貨物列車が最高速度で通過している感じだ。あれは怖い。

今日は藤沢バイパスの中点の白旗神社がある付近で終了にした。15時。東京まであと51キロ。国道を抜けて小田急藤沢本町駅から藤沢駅へ向かう。

昼食はオニギリ1つしか食べなかったので、夜はフライドチキン・フランクフルト2本・天重弁当とたっぷり食べ、ビールも500ml×2・350ml×2と結構飲んでしまった。これぐらい飲み食いすればフル充電である。

小田原城天守閣
小田原城天守閣(復元)

エボルタ君の仲間たち
エボルタ君の仲間たち

エボルタ君
エボルタ君(左)と誘導装置(右)

2.藤沢から川崎

2日目。少し飲みすぎを感じたが9時過ぎに白旗神社にお参りだけしてスタート。昨日に続き藤沢バイパスは車に轢かれないよう注意しながら進む。藤沢バイパスを抜けてからしばらくすると原宿交差点がある。ここは慢性的な渋滞スポットとのことで、現在は立体交差の工事を行っていた。この地点にあるキロポストだけ設置されておらず撮影できなかった。

続いての混乱ポイントは戸塚に入ったところにある分岐点。横浜新道へ向かう道と戸塚駅へ向かう道に分岐しておりどちらも1号線。横浜新道へ向かうほうにキロポストが続いているので本線としてはこちらのよう。自転車通行禁止の看板が立っているが、歩道があるので徒歩は可能。車道を走るなという意味と思われる。この道を歩いていると横浜新道の入口に突き当たる。ここから横浜新道は有料道路区間で歩行者が入れないようなので諦めて迂回することにした。また、入口から不動坂交差点までの区間も歩行者禁止のため市道などに迂回する(Wikipediaでは横浜新道は自動車専用ではないとのことだがICには歩行者禁止の看板もあるので立ち入れそうになかった)。ここでのロスはある程度想定していた。

保土ヶ谷から横浜市街へ抜ける道を歩くと、横浜新道入口から先にキロポストが無くなっていることにしばらくして気づいた。横浜新道が1号線としての本線なのでこちらはないのかもしれない。だが、これではどれくらいのペースで歩いているのか分からなかった。西横浜駅を過ぎたところで再びキロポストが出現した。

横浜駅を過ぎたところで時刻は15時。川崎まであと11キロである。このあたりからは第二京浜となっていて道路も歩道も整備されているようだった。川崎市に入って17時に尻手交差点で今日は終わりとした。日本橋まであと21.3キロ。今日はキロポストとしては30キロ程度だが、実際には35キロ程度歩いていると思う。尻手からJR南武線で川崎駅へ向かい、宿に入った。

尻手駅
尻手駅

3.川崎から日本橋

3日目。いよいよの最終日。泣いても笑っても日本橋に着く日。天候が気になっていたが、夜のうちに雨が降ってくれていたようで曇り空。ときおり日差しも出ていた。午前10時過ぎ、尻手交差点からスタート。

正直にいうと、ここから先には見所も困惑もなかった。多摩川大橋を渡れば東京都に入る。河川敷にはゴルフをしている人たちがいた。朝の天気予報では午前中にもう一雨くるかもしれないということだったので、それまでに出来るだけ進んでおいて、雨が降っている間に昼食などを取って時間をつぶそうと思っていたのだが五反田に着くまでに雨は降らなかった。五反田から日本橋までちょうど10キロである。

東京タワーにいくと雨が降るというジンクスみたいなものが私にはある。というか大学生のときに東京に行ったとき、東京タワーに登ったことがあるが大雨に見舞われた。五反田を出て東京タワーに近づくにつれて天候がますます怪しくなってきた。慶応義塾大を通り過ぎるころに僅かながら雨が降ってきた。傘はいらない程度。すぐに止んだので休憩せず歩くことに。麻生台から虎ノ門に入るところであと5キロとなった。いよいよ雲行きもあやしくなってきたがあと1時間でゴールできそうなので歩く。霞ヶ関では総務省の官僚たちがデスクワゴンを引いて引越ししている。民間だろうが公務員だろうがビルを移るときはこうやってガラガラと引いている。なんだかゴールに近づいているという実感がない。

桜田門を右折し、皇居に沿って内堀通り・日比谷通りと進む。永代通りを曲がると、あと1キロを示すキロポストがある。JRの高架下をくぐる。何度かこのあたりは歩いたことがあるので見慣れた道だ。17日間に及ぶ1号線の旅も、次のあと一つ交差点を曲がれば終わる。その区間が妙に長く感じた。日本橋交差点が近づいてきた。ここを左折すれば日本橋が見えるはずだ。日本橋には日本の道路の中心である道路元標という標識がある。道路標識で東京といえば、その日本橋の中心を指す。日本の中心地。そこから国道1号線が始まっている。日本橋交差点の看板には、1号線の三角マークとともに、その先に延びる国道4号線(青森まで続く)が示されている。

伊予銀行東京支店があるその交差点を左折すると、目の前に首都高の高架がかかっている。15時。駅へ向かうサラリーマンたちがこっちへ向かってくる。今日は月曜日だ。彼らはいつものように歩いている。遠い昔から人通りの絶えない道だ。一歩ずつ、日本橋へと近づく。

橋の入口には誘導棒を持った男が立っていた。資材を置いている囲いもある。路上には車線の中央線が位置変更されたことを示す標識・・・。工事をしているのか。日本橋の真ん中からは、道路元標がなくなっていた。工事のため、一時撤去したという看板だけが、そこにいつもあるプレートを写してあった。こうやって、国道1号線の旅は幕を閉じた。

 

1911年、日本橋は現在の石造の道路橋に作り変えられた。それから100年。現在、日本橋は往来する車で凹凸が出来ている路面を補修する工事の真っ最中だ。来年には再び、道路元標が設置される。次の100年も日本の中心であり続けるために――。

多摩川
多摩川

日本橋交差点の標識
日本橋交差点の標識(国道1号から国道4号に変わる)

日本橋工事中の図
日本橋工事中の図

日本国道路元標の場所
日本国道路元標の場所

道路元標(複製)
道路元標(複製)

4.その後の話

その場に居尽しても感動さえなく、むしろ笑ってしまうしかない日本橋の有様を見てから、さっそく汗を洗い流したくなった。東京駅まで戻り、JRで御茶ノ水まで移動。近くのアクアハウス江戸遊へ。銭湯並の料金で風呂に入れる。休憩所もある。疲れを癒したあと、食事処でビールと遅い昼食。軽い仮眠も取った。3時間制なので店を出てからは、近くの漫画喫茶で1時間ほど本を読んだりインターネットをしたり。

21時30分発の夜行バスに乗り込んで、大阪へと帰路についたのであった。

5.今回のキロポスト

84キロ 83キロ 82キロ 81キロ
84キロ、83キロ、82キロ、81キロ

80キロ 79キロ 78キロ 77キロ
80キロ、79キロ、78キロ、77キロ

76キロ 75キロ 74キロ 73キロ
76キロ、75キロ、74キロ、73キロ

72キロ 71キロ 70キロ 69キロ
72キロ、71キロ、70キロ、69キロ

68キロ 67キロ 66キロ 65キロ
68キロ、67キロ、66キロ、65キロ

64キロ 63キロ 62キロ 61キロ
64キロ、63キロ、62キロ、61キロ

60キロ 59キロ 58キロ 57キロ
60キロ、59キロ、58キロ、57キロ

56キロ 55キロ 54キロ 53キロ
56キロ、55キロ、54キロ、53キロ

52キロ 51キロ 50キロ 49キロ
52キロ、51キロ、50キロ、49キロ

48キロ 46キロ 45キロ 44キロ
48キロ、46キロ、45キロ、44キロ

43キロ 33キロ 32キロ 31キロ
43キロ、33キロ、32キロ、31キロ

30キロ 29キロ 28キロ 27キロ
30キロ、29キロ、28キロ、27キロ

26キロ 25キロ 24キロ 23キロ
26キロ、25キロ、24キロ、23キロ

22キロ 21キロ 20キロ 19キロ
22キロ、21キロ、20キロ、19キロ

18キロ 17キロ 16キロ 15キロ
18キロ、17キロ、16キロ、15キロ

14キロ 13キロ 12キロ 11キロ
14キロ、13キロ、12キロ、11キロ

10キロ 9キロ 8キロ 7キロ
10キロ、9キロ、8キロ、7キロ

6キロ 5キロ 4キロ 3キロ
6キロ、5キロ、4キロ、3キロ

2キロ 1キロ 0キロ
2キロ、1キロ、0キロ

旅のノート

10/1--夜行バスで出発(小田原)
10/29:00小田原市 残り84キロからスタート
 15:00藤沢市 残り51キロ 藤沢ホテル泊
10/39:00藤沢市 残り51キロからスタート
 17:00川崎市 残り21.3キロ ホテルタートルヒルズ泊
10/410:00川崎市 残り21.3キロからスタート
 15:10東京・日本橋 ゴール
10/5--夜行バスで帰宅(大阪)